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京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)18号 判決 1985年3月27日

京都市山科区大宅関生町三二番地

原告

祢次金孝子

訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市東山区馬町通東大路西入新シ町

被告

東山税務署長

伴恒治

指定代理人検事

布村重成

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が、昭和五七年三月一〇日付で原告に対してした、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分(以下本件係争年分という)の所得税更正処分(以下本件処分という)中、昭和五三年分の総所得金額が一二五万円、昭和五四年分の総所得金額が一三二万一三六〇円、昭和五五年分の総所得金額が一三六万二二〇〇円をいずれも超える部分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の本件請求の原因事実

1  原告は、京都市東山区花見小路新橋下ル新橋協栄ビル二階で、「ダンデイー」の屋号で料理飲食料を営んでいるが、被告に対し、本件係争年分の各確定申告をした。

被告は、昭和五七年三月一〇日付で、原告に対し、本件処分をしたから、これに対し異議申立て及び審査請求をした。その経過と内容は、別紙1記載のとおりである。

2  しかし、本件処分には、次の違法があるから、取り消されなければならない。

(一) 本件処分の通知書には、その処分理由が附記されていない。

(二) 被告の部下職員が税務調査をする際、第三者が立会っていることを理由に調査をせず、かつ、事前通知をしないで臨場し調査理由の開示をしなかった。

(三) 被告は、原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)を過大に認定した。

3  結論

原告は、被告に対し、本件処分中請求の趣旨第一項掲記の金額を超える部分の取消しを求める。

二  被告の答弁

本件請求の原因事実中1の事実は認め、2の主張は争う。

三  被告の主張

1  被告の部下職員は、昭和五六年一一月二〇日以降数回にわたって原告の自宅及び事業所に臨場し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示及び事業内容の説明を求めたが、原告は、第三者の立会を強要してその調査に応じなかった。そこで、やむなく、反面調査のうえ、推計課税の方法で本件処分をしたものである。

2  原告の本件係争年分の事業所得金額は、別紙2記載のとおりである。以下詳述する。

(一) 原告は、本件係争年分に、訴外株式会社大野浅商店から次の金額の酒類の仕入をした。

年分 金額(円)

五三年分 一六六万四五六三

五四年分 一五九万四三二八

五五年分 一六九万九七六八

(二) 同業者の選定と同業者率

被告は、原告の事業所の所在地及びこれに隣接する地域である東山区内祇園町、中央区内木屋町でスナック又はスタンドバーを営む個人事業者のうち、本件係争年分で次の条件に該当する青色申告納税者を選んだところ、別紙3の1ないし3のAからPまで一六件をえた。

<1> 青色事業専従者がいないこと(なお、原告の事業には事業専従者がいない。)。

<2> 酒類仕入金額が年間三四〇万円未満であること(なお、原告の酒類仕入金額の二倍。)。

<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

<4> 他の事業を兼業していないこと。

<5> 不服申立て又は訴訟係属中でないこと。

本件同業者は、業種、事業場所、規模などの点で原告の事業と類似性があるし、同業者は青色申告者であるから、正確性がある。したがって、本件同業者によって、同業者の酒類仕入率、売上原価・一般経費率及び特別経費率を適用することには合理性がある。

(三) 別紙2の<1>売上金額

<1>売上金額は、前述した仕入金額を同業者の酒類仕入率の平均値で除して算定した。

年分 仕入金額(円) 酒類仕入率 売上金額(円)

昭和五三年分 一六六万四五六三 〇・〇九五一 一七五〇万三二九一

昭和五四年分 一五九万四三二八 〇・〇九六七 一六四八万七三六二

昭和五五年分 一六九万九七六八 〇・一〇一八 一六六九万七一三一

(四) 別紙2の<2>売上原価・一般経費

<2>売上原価・一般経費は、<1>売上金額に同業者の売上原価・一般経費率の平均値を乗じて算出した。

年分 売上金額(円) 売上原価・一般経費率 売上原価・一般経費(円)

昭和五三年分 一七五〇万三二九一 〇・三六八九 六四五万六九六四

昭和五四年分 一六四八万七三六二 〇・三六二〇 五九六万八四二六

昭和五五年分 一六六九万七一三一 〇・三九二〇 六五四万五二七六

(五) 別紙2の<3>特別経費

<3>特別経費(給料賃金、地代家賃、建物-内装費を含む-減価償却費など)は、<1>売上金額に同業者の特別経費率の平均値を乗じて算出した。

年分 売上金額(円) 特別経費率 特別経費(円)

昭和五三年分 一七五〇万三二九一 〇・四一四六 七二五万六八六五

昭和五四年分 一六四八万七三六二 〇・四一六四 六八六万五三三八

昭和五五年分 一六六九万七一三一 〇・四〇二六 六七二万二二六五

(六) まとめ

原告の本件係争年分の事業所得金額は、別紙2の<4>記載のとおりであり、本件処分を上回ることになる。

年分 被告主張額(円) 本件処分額(円)

昭和五三年分 三七八万九四六二 二七九万八一二二

昭和五四年分 三六五万三五九八 二七九万七一九一

昭和五五年分 三四二万九五九〇 三一八万四三二五

3  以上の次第で、本件処分は適法であり、原告主張の違法はない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告主張の原告の仕入金額を認める。

2  被告主張の同業者と、原告の事業には、類似性がない。

(一) 原告の事業形態

(1) 原告の店舗面積(有効面積)は約九坪位いである。

(2) 原告の店舗はボックス主体の店であり、カウンター五つは、ボックス待ちの客が待機するためのものである。ボックスは、壁に沿って坐われるようになっており無理なくボックスには一二名くらい座われるのである。

(3) オールド一本をおろして適当なつまみ等を置いて、お客が二人来て二万円位いの値段を取っていた。

(4) ビール(中)一本六〇〇円、オールド(サントリー)一本六〇〇〇円、ホワイトホース四〇〇〇円であった。

(5) 従業員はホステス七人、男の人はチーフが一人、マネージャーが一人で平均八人から九人であった。

(6) テーブルチャージ制があり、お客の席料として五〇〇円飲代に加算していた。

(7) 営業時間は午後七時三〇分から午前二時までであった。

(8) まとめ

以上の次第で、原告の業態は、スナックという届出にもかかわらず、ホステスがカウンターの外に出てボックス客の横に座り接客するいわばミニ・クラブである。

(二) さて、本件同業者一六件の業態が、スナックであるのかクラブであるのかが明らかでない。したがって、本件同業者には、類似性がない。

本件同業者には、スナックとクラブとが混在しているとしても、相互に類似性のない同業者の平均値を求めることには、合理性がない。

(三) 被告は、本件同業者の同業者率を、スナックを営む野村喜久枝(当庁昭和五八年(行ウ)第三五号事件)にも適用している。しかし、これは、矛盾しており、被告の計算には、恣意が介在しているとしなければならない。

(四) 酒類の仕入金額と売上金額との間に相関関係がない。

すなわち、

(1) 原告のような飲食業者は、酒を販売する業者ではなく、酒を飲まし、それにいわゆる雰囲気を加味して売上をあげるのであるから、酒類の仕入と売上との間には相関関係がない。

(2) 売上金額には、カラオケ代、料理飲食税、テーブルチャージ代が含まれているから(その可能性も含めて、雑収入も含まれている)、同業者の売上金額に酒類の占める割合を明確にしなければ、被告主張のように単純に酒類の仕入金額と売上金額とを対応させることはできない。

(五) 原告と本件同業者との間では、売上金額、収入金額に相当の開差があり、この点で類似性がない。

(昭和五三年分)

(1) 売上金額

Fは二・五六倍以上、Nは三・二九倍以下、Cは二・〇九六倍以下、Lは一・八三倍以下である。

(2) 仕入金額

Lは二・五六倍以下、Nは三・九二倍以下、Kは一・八七倍以下である。

(昭和五四年分)

(1) 売上金額

Cは一・八七倍以下、Fは二・九九倍以下、Jは一・九九倍以上、Nは三・〇九倍以下である。

(2) 仕入金額

Gは一・九三倍以上、Kは二・六八倍以下、Nは五・一七倍以下である。

(昭和五五年分)

(1) 売上金額

Cは一・八六倍以下、Fは二・九九倍以上、Jは一・九九倍以下、Nは三・〇九倍以下である。

(2) 仕入金額

Gは一・九三倍以上、Kは二・六八倍以下、Nは五・一七倍以下である。

(六) 同業者の間でも、開差がありすぎるから、このような同業者の平均値には、合理性がない。

(昭和五三年分)

(1) 酒類仕入率

A、E、F、J、K、L、M、N と他の同業者

(2) 特別経費

F、J と他の同業者

(昭和五四年分)

(1) 酒類仕入率

F、J、K、N と他の同業者

(2) 特別経費

B、E、F、J、N と他の同業者

(昭和五五年分)

(1) 酒類仕入率

B、D、E、J、L と他の同業者

(2) 特別経費

B、E、J と他の同業者

(七) 同業者と類似性を担保するためには、従業員の数、椅子数、酒類の売価に類似性が必要である。しかし、被告は、原告の前述した業態と類似性のある同業者を選定したかどうかを明らかにしていない。

(八) 被告は、同業者の税理士報酬を一般経費に計上せず特別経費に算入してそれぞれの率を算出していると思われるが、これは、正確ではない。税理士報酬は、一般経費に計上してその率を算出すべきである。

五  原告の反論に対する被告の反駁

1  原告が主張する営業上の諸要素のすべてにわたり類似性のある同業者を求めることは因難であり、求めえても限られた数となるから、却って普遍性を欠くものとなるのである。本件同業者による推計の場合、推計の基礎となる同業者の営業上の諸要素に差があるのは当然であり、その平均値による推計によって、個別的営業上の諸要素が捨象されるのである。

そうして、原告主張の営業上の諸要素(事業所の広さ、椅子数、従業員数、酒類の売価、テーブルチャージ制)が、被告の推計を不合理ならしめる程顕著なものではない。

2  原告の事業と野村喜久枝との事業の間には、業種、事業場所、酒類の仕入金額の点に類似性がある。

3  原告は、ミニ・クラブであると主張しているが、スナックでも、ボックスがあって接待することがあり、クラブ的な雰囲気のある店舗が多々ある。原告は、多年の経験から、スナックでありながら、ミニ・クラブ形式の営業をしているのは、顧客の需要に合致し、経営上も有利であるからである。

4  酒類の仕入と売上金額との間に相関関係のあることは、原告の営業が酒類の提供を母体とすることから明らかである。

5  本件同業者の平均同業者率には、甚しい開差はない。

6  本件では、税理士報酬が、一般経費に含まれているか特別経費に含まれているかは、所得金額の算定に影響しない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  本件請求の原因事実中1の事実は、当事者間に争いがない。

二  更正通知書の理由附記について

所得税法は、税務署長が青色申告書に係る更正の場合には更正通知書に更正の理由を附記することを義務づけている(同法一五五条二項)が、白色申告書に係る更正の場合には、そのような理由附記を義務づけた規定を設けていない。したがって、被告が、本件処分の通知書に理由の附記をしなかったことは、なんら違法ではないとしなければならないから、原告のこの点の主張は、採用しない。

三  原告主張の手続的瑕疵について

本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、被告の部下職員のした本件税務調査に原告主張のような本件処分を違法ならしめる手続的瑕疵が認められる証拠はない。したがって、原告のこの主張は、採用しない。

四  本件処分の違法性について

1  被告主張の原告の酒類仕入金額は、当事者間に争いがない。

2  同業者率について

(一)  当裁判所が公文書であることから真正に作成されたものと認める乙第一、二号証の各一、二によると、大阪国税局長は、東山税務署長及び中京税務署長に対し、祇園甲部、乙部及び木屋町附近で、スナック又はスタンドバーを営む者の中から被告主張の条件に該当する者を抽出して調査表を提出するよう一般通達を発し、両税務署長の報告をえて被告がそれを整理したものが、別紙3の1ないし3であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  本件同業者の類似性について

原告は、ミニ・クラブを営むものであると主張し、原告本人尋問の結果中には、これにそう供述部分がある。

しかし、成立に争いがない乙第七号証によると、原告は、テーブルチャージをとっていないと供述している。したがって、当裁判所は、原告の営業形態が、ミニ・クラブなのか、スナックなのかの心証をひかない。

そこで、当裁判所は、本件同業者が、スナック又はスタンドバーを営む業者から抽出されたことには、合理性があると考える。もっとも、そうすると、本件同業者には、スナックを営む者とミニ・バーを営む者とが混在している可能性を否定することはできないが、原告の業態が正確に判らない以上、やむをえないこととして是認するほかはない(原告は、この点について、請求書、領収書その他の帳簿によって立証すべきであるのに、強いてそうしなかったことが指摘されなければならない。)。

原告は、スナックを営む野村喜久枝と本件同業者が全く同じであると主張しているが、被告は、野村喜久枝の事件(当裁判所昭和五八年(行ウ)第三五号事件)では、本件同業者中スナックを営むもの四件(C、I、O、P)によって同業率を計算して主張している(このことは、当裁判所に顕著な事実である。)から、本件同業者と全く同じであるとして被告を非難攻撃するのは、的外れである。

原告は、酒類の仕入金額と売上金額との間に相関関係がないと主張しているが、原告のような酒類を客に提供して収益を挙げることを業としている料理飲食業者に対し、同業者の率を適用して推計課税する場合、酒類の仕入金額と売上金額との間に相関関係があるとしなければならない。

原告は、本件同業者中に開差があると主張しているが、同業者の率を適用するには、抽出された同業者の平均値を求めるわけであるから、同業者間に通常存在する程度の業態の差異は、捨象されるのである。したがって、被告の主張する同業者の率による推計自体が原告の事業と比較して不合理であると原告が主張するのであれば、原告は、その事由を具体的に数額を挙げて主張立証すべきであり、ただ、被告の主張する同業者の率に開差があると主張するだけでは、右の趣旨での主張立証があったとするわけにはいかない。

原告としては、被告の主張する推計による事業所得金額が、原告の実際に合致しない過大なものであるというのなら、実額を主張し、その裏付けとなる出納帳、諸帳簿などを提出してこれを容易に立証できるのである。原告は、そうしないのであるから、推計課税が原告の実際に合致しない点があったとしても、やむをえないこととして甘受するほかはない(推計課税は、あくまでも次善の策にすぎない。)。

原告は、従業員の数、椅子数、酒類の売価などその事業内容に類似性が必要であると主張している。たしかに、被告は、本件同業者が、従業員の数、椅子数、酒類の売価などで類似性のあることを明らかにしていない。しかし、原告と全く同内容の同業者を選ぶことは困難であるから、或る程度の幅をもって同業者を選びその平均値を算出することによって同業者の特殊性が平均化されることに着目したとき、被告が本件同業者の事業内容等を明らかにしないことから、直ちに、右のように平均化された同業者と原告との間に類似性がないとしてしまうわけにはいかない。

(三)  同業者率の算出について

被告は、本件同業者を選出する条件として、酒類仕入金額が年間三四〇万円未満であることを挙げているが、下限を画していない。そこで、当裁判所は、本件同業者中酒類の仕入金額が年間八五万円に達しないものである昭和五三年分のL、N、昭和五四年分のK、N、昭和五五年分のLを除外する。そうして、同業者の酒類仕入率、売上原価・一般経費率及び特別経費率を算出すると、別紙4の1ないし3記載のとおりになることは、計算上明らかである。

なお、原告は、同業者の税理士報酬が一般経費として計上されているかどうかを問題にしているが、本件では、税理士報酬が一般経費に計上されて一般経費率が算出されていなければ、特別経費に計上されたうえ特別経費率が算出される関係にあるから、税理士報酬が一般経費に計上されたか特別経費に計上されたかを問題にする必要はないといわなければならない。

3  原告の事業所得金額の計算について

当事者間に争いがない原告の本件係争年分の酒類仕入金額を基礎として、別紙4の1ないし3の同業者率を適用して、被告主張の計算方法によって、原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別紙5の記載のとおりになることは、計数上明らかである。これを、本件処分の事業所得金額と対比すると、後者は、前者の範囲内にある。

年分 裁判所の認定額(円) 本件処分額(円)

昭和五三年分 三五一万三三二五 二七九万八一二二

昭和五四年分 三二〇万〇九九〇 二七九万七一九一

昭和五五年分 三三二万四九九八 三一八万四三二五

4  まとめ

本件処分は、原告の本件係争年分の事業所得金額を過大に認定した違法はないことに帰着する。

五  むすび

本件処分には、原告主張の違法はないから、本件請求は、失当として棄却を免れない。そこで、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)

別紙1

課税の経過

<省略>

別紙2

被告主張の事業所得金額

<省略>

別紙3の1

同業者率明細(昭和53年分)

<省略>

別紙3の2

同業者率明細(昭和54年分)

<省略>

別紙3の3

同業者率明細(昭和55年分)

<省略>

別紙4の1

同業者率の算出(昭和53年分)

<省略>

(注)被告の酒類仕入金額を100%とする。

別紙4の2

同業者率の算出(昭和54年分)

<省略>

別紙4の3

同業者率の算出(昭和55年分)

<省略>

別紙5

裁判所の認容額

<省略>

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